自分と向き合う 其の3

連日の自身棚卸し作業。

 

「自分を特別」と思っている(勘違いしている)理由。

自己愛性人格障害もそうかもしれないが、

客観性が足りない。

自分に対する客観性、状況に対する客観性。

 

自己愛性人格障害だから客観性が足りないのか、

客観性が足りないから自己愛性人格障害なのか。

順番も名前もどっちでもいい。

問題なのは客観性が足らない事が日常生活に支障を来すという事実である。

 

 

 

客観性が足りないとは、言い換えれば状況を正確に把握出来ていないという事。

自分の意思が第一(客観の対義語である主観)であり、

物事を自分の見たい一面から都合のいいようにしか捉えられない。

 

だから、

・エリートだらけの職場。下請け業者はどんなに優秀でも息を殺して作業している様な環境で、馬鹿みたいに手を叩いて笑い、その日の作業が軽ければ無駄に「暇だ」等と発言してしまう。

 →その行動、発言がもたらす影響を想像できない

 →客観性が欠如しているから、その後の帰結を想像出来ない

 

当然皆遊んでいるわけではなくビジネスをしに来ている。

収支(予算)に関してはシビアな視点で周囲を監視をしている目の前で、

コスト削減対象になりそうな馬鹿が「暇だ」とか言っているなら、検討するまでもなく削減対象になる。

 

 

 

・その日の享楽だけのために暴飲暴食を重ね、体重も3桁を超え、

 挙句の果てには不治の生活習慣病に陥り、それでも病院に行こうともせず、

 何度も病院に行けと説得してくれた友人の厚意を無視し、俺は大丈夫と酒を煽る。

 その後の足の血行不良から来る体調不良が続くが病院には行こうとしない。

 最終的に「お前が予約しないなら俺が予約して引き摺ってくぞ」と友人に言われ、

 なかば強制的に通院し、現実[病気]と対峙。医者からは怒られる始末。

 

  →その後1年半通院し、今は合併症の危険が無くなるまで改善。

   健康は失ってみて初めて大事さに気付く。友人には心の底から感謝。

 

とにかく、客観性が足りない

=自分(現実)を「正確」に直視(把握)できない、

=真剣に物事を考えていない

=人生を雑に生きている

という事かしら。

そんなつもりは無いと思ってても結果そうなる。

 

行動をする前に、色々な時に、よくよく考えてみる事。

あいつなら、あの人なら、こういう人なら、この場合どうするんだろうか

自分だけが正しいと思って生きてきて、失敗する事は分かったのだから、

考え方の転換が必要である事は疑い様の無い事実。

 

 

f:id:masahito0107:20170420234103p:plain

 

余裕で死ぬらしい。

出典:幽遊白書